彼の優しさに隠された違和感
夜、LINEの通知が鳴った。
「今日は楽しかった。また会える?」
優しい言葉。
絵文字も、ちょうどいい温度。
でも、私は画面を見つめながら、なぜか少しだけ息を詰めた。
――どうして、こんなに気を遣ってしまうんだろう。
彼は悪くない。むしろ丁寧で、まめで、ちゃんと私を見てくれる人。
それでも、会うたびにどこか疲れて、ひとりで帰る電車でいつも考えてしまう。
「この人と一緒にいることって、本当に“幸せ”なのかな?」
そんなとき、ふと思い出した。
友達に紹介された“当たる”と噂の占い師のことを。
あのとき私は、まだ半信半疑だったけど――
今ならわかる気がする。
「自分の心が本当に望んでいること」を見失っていたのは、あの頃の私だけじゃないって。

偶然の出会い、それとも必然?
彼と初めて出会ったのは、友達に誘われた飲み会だった。
その日、私は行くつもりがなかった。疲れていたし、気が乗らなかった。
けれど、「たまには息抜きも大事だよ」と背中を押されて向かった駅前の居酒屋で、彼は隣の席に座っていた。
「はじめまして。〇〇って言います」
そう言って差し出された手。
穏やかな目元と、少し照れたような笑顔に、私は不思議と心を許していた。
――出会いって、こういうふうに突然訪れるものなんだろうか。
帰り道、LINEを交換してから何度もやりとりが続いた。
日常の些細なこと、好きな映画、行ってみたい場所。
やり取りは心地よかった。
だけど、それと同じくらい、「気を遣っていない自分」を見せるのが怖かった。

彼との距離が縮まるたびに不安になる理由
彼とのLINEは毎晩続いた。
「今日こんなことがあってさ」
「りかちゃんってこういうとこ素敵だよね」
些細な会話が、私の孤独を少しずつ埋めていくように感じた。
やがて、週末には自然と会うようになり、彼の家で映画を観たり、手をつないで帰ることも増えた。
けれど、距離が縮まるほど、胸の奥がチクリと痛むような違和感も増していった。
彼は、いつも私を否定しない。
でも、私がちょっと黙り込んだだけで
「大丈夫?」
「怒ってない?」
と探るような言葉が返ってくる。
それが優しさだとわかっていても、どこか「監視されているような」息苦しさがあった。
きっと、過去の恋愛でうまくいかなかった自分が、まだ心の中にいるのだろう。
「また傷ついたらどうしよう」
そう思うたび、私は笑顔をつくって、平気なふりをした。

信じたいのに疑ってしまう――恋とトラウマ
ある晩、彼から言われた。
「君の“全部”を知りたい。どんな過去も、受け止めたいから。」
優しい声だった。
本心に違いない。
でも、私はその言葉に、なぜか震えるような恐怖を感じてしまった。
――全部、なんて見せられるわけがない。
高校時代の恋。
最初は楽しくて、ドキドキしていたけど、ある日を境に彼は私の「いい子」であることを求め続けた。
怒らせないように、期待を裏切らないように。
私は少しずつ、笑顔の仮面をつけて“本当の自分”を奥にしまっていった。
そのときの傷は、今も消えていない。
だからきっと、彼が悪いわけじゃないのに、
「また同じようになるんじゃないか」と思ってしまう。
恋をするたびに、自分を信じることが少しずつ難しくなる。
でも、私は今、変わりたいと思っていた。

占い師の一言が、心を動かした夜
友達のすすめで訪れた占い館は、渋谷の路地裏にひっそりとあった。
古びた看板とカーテンの奥に、静かな空気が流れていた。
占い師の女性は、私の顔を見るなり、こう言った。
「あなた、人の顔色を見すぎて、自分を置き去りにしてるでしょ?」
――その瞬間、心がざわついた。
タロットカードが静かに並べられていく。
過去、現在、未来――私の中にしまっていたものが、カードを通して語られていく。
「今の彼、悪い人じゃない。
だけどね、あなたは“安心できる関係”じゃなくて、“期待に応える関係”を繰り返してるの」
「そのままじゃ、心が擦り減るわよ」
私は、言葉が出なかった。
見透かされた気がして、怖くて、でも不思議と涙が出た。
その夜、ひとりで帰る道すがら、心のどこかが少しだけ軽くなっていた。
「誰かに言ってもらいたかった言葉」だったのかもしれない。

「本当のつながり」は、恋愛だけじゃない
占い師の言葉をきっかけに、私は少しずつ“人との距離のとり方”を見つめ直すようになった。
それまでは
「好きだから我慢する」
「期待に応えなきゃいけない」
と思い込んでいた。
だけど、彼に言えなかったことを、友達にはすんなり話せることもあった。
ある日、大学時代の友人と久しぶりにカフェで話した。
何気ない会話のなかで、ふと彼との関係の悩みを口にすると、彼女はこう言った。
「それ“無理してる”って気づいてるの、すごく大事だよ。
恋愛って“安心できる相手”との方が、長く続くよ?」
その言葉が、すっと心に染みた。
恋愛だけが「つながり」じゃない。
本音を話せる友達、素で笑える人たち、何も見返りを求めずにいてくれる存在――
それこそが、私を守ってくれていた。
「ちゃんとした関係」って、相手と対等で、心が緩めるものじゃないといけない。

人を信じること、自分を信じること
彼と過ごす時間は、今も変わらずあたたかい。
でも私は、もう“無理に期待に応えよう”とはしていない。
ある日、彼に言った。
「私、過去の恋愛で自分を出すのが怖くなってて…あなたに全部見せるのも、まだちょっと怖い」
彼は少し黙ってから、静かに頷いた。
「そっか。無理に全部見せなくていいよ。少しずつ、ね」
その一言で、涙がこぼれそうになった。
“全部をわかってほしい”んじゃない。
“わかろうとしてくれる姿勢”が、何より心を癒すんだと知った。
私が変わったのは、彼のおかげじゃない。
「本音で向き合ってもいい」と、自分に許した私自身の勇気だと思う。
人を信じるってことは、同時に、自分を信じてあげることでもある。

あの夜の言葉が、今の私を支えている
あの日、占い師が言ってくれた言葉。
「あなた、自分を守るために“察する力”を育てすぎたの。
でもね、本当に大切なのは“感じること”じゃなくて“感じていい”って自分に許すことよ
それが、ずっと心に残っている。
私は今も、完璧じゃない。
ときどき不安になるし、彼にうまく甘えられない日もある。
でも、もう「わかってもらえなかった」と塞ぎ込むことはない。
“伝える努力”も、“自分の輪郭を守ること”も、少しずつ覚えてきたから。
恋愛も人間関係も、“占い”も、
結局は「自分とどう向き合うか」を教えてくれるものなんだと、今なら思う。
そして私は、今、ちゃんと生きている。
誰かの顔色ではなく、自分の気持ちを感じながら。

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